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本を買ったことと・・・

 ショーペンハウエルの言葉。

 人は本を買ったことと、その本の内容を身につけたことをよく混同する。

 ・・・いやぁ~耳が痛い。。。いわゆる「積読」(つんどく)ってのも、これが
原因。本を買って安心しちゃって、「読む」って作業をしないまま、また
次の本を買ってきちゃう・・・(-"-)

 「読まなきゃ」って思っているうちに、ドンドンと本はたまってしまい・・・
あ~っ、もう! まとめて処分しちゃえ! なんて人も多いはずwww ま、
そうやって本を買っておきたいって物欲盛んな人がいるから、古本屋も
商売の余地があるわけで、皆が皆、1冊の本を読み終えてから次の本を
買うってことになれば、商売あがったり・・・ってこともありますから、悪い
ことだとばかり言えないんですが。。。(^_^;)

 でも、やっぱり本は読んでこそ。さらに、その本の内容を身につけるって
なれば、

 本を買う → 読む → 理解する → 自分なりに考える

 ・・・って、さらなるステップアップが必要。なかなか、購入した本の全てに
ついて、この作業を終えるのは難しいものです。

 さらに言えば、せっかく学んだことも、しばらくすれば忘却の彼方。若い頃に
比べ、記憶力が格段に落ちたってのを実感しています。学んでも、学んでも、
すぐまた忘れてしまって……。理解も暗記も、若い頃の方が優れているのは
間違いないですが、それでも良き人生を歩みたければ、実りある読書は
必要なもの。忘れることにめげず、コツコツと読書を続けていくしかないですね。

 もう一つ、ショーペンハウエルの言葉。

 読み終えたことをいっさい忘れまいと思うのは、食べたものをいっさい、体内に
とどめたいと願うようなものである。


 こっちの方が、何だか元気が出ます。「忘れてもいいよ!」って励まされてる
みたいでwww

 読書の秋。忘れるのは仕方ないですが、なるべく「積読」はやめて、実際に
目を通すよう心掛けたいものです。
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難しい俳句の世界

 昨日に引き続き、今日も俳句の話題。

 芭蕉の門下であった向井去来の著作に、「去来抄」というのがあります。芭蕉の
俳論・講評などをまとめた本です。その中で、宝井其角の作品を、芭蕉が酷評した
ってくだりがあります。そのボロクソに言われた作品がこれ。

 此木戸や錠のさされて冬の月

 「猿蓑」を編集しているときに、其角がこの句を芭蕉に送り、下の句を冬の月と
しようか、霜の月としようか悩んでいますと相談します。ところが、芭蕉はこの句を
読み間違えてしまいます。「此木戸(このきど)」を「柴戸(しばのと)」と読んだの
です。だから、

 冬・霜に煩ふべき句にもあらず

 って冷たく言い放ちます。そんなに悩むほど、たいそうな句じゃないだろって
わけです。
 これだけで終われば、芭蕉のおっちょこちょいぶりが後世に伝わるだけのことです
が、芭蕉の立派なのはここから。自らの読み間違いに気づいて、手紙をよこします。

 柴の戸にあらず、此木戸なり。かかる秀逸は一句もたいせつなれば、たとへ
出板に及ぶとも急ぎ改むべし


 このような秀作は、一句たりとも疎かにできず、たとえ印刷作業にかかっていても
急いで訂正しろ、ってことです。人間誰しも間違いは犯すもの。でも、歴史に名を
残す人物というのは、自らの過ちを速やかに訂正する度量も持っているものなの
ですね。

 しかし、芭蕉の手紙を読んだ野沢凡兆は疑問に思います。

 柴の戸、此木戸、させる勝劣なし

 ・・・柴の戸でも、此木戸でも、たいして違いはないだろって言うのです。これに
対する、向井去来の返答はこうでした。

 この月を柴の戸に寄せてみれば、尋常のけしきなり。これを城門にうつして
みはべれば、その風情あはれにものすごく、言ふばかりなし。角が、冬・霜に
煩ひけるも理なり


 「柴の戸」と読めば、ありきたりの風景。でも、城門を閉ざす「此木戸」って
読めば、その風情は壮絶で言葉で言い表せない。「冬の月」にしようか、
「霜の月」にしようかと悩むのももっともな句だ・・・というのです。

 う~ん、どうですか?

 正直、私は、凡兆の意見の方に共感を覚えるのですがwww わずかの文字の
違いで、全然作品の趣が変わる・・・俳句って難しいですね、って話でした(笑)

梶原武雄「石の方向」より

 おはようございます、ロビンです。

 先日、大量の仕入れがありました。残念ながら状態の悪いものも
多く、クリーニングや補修がいるものがほとんどでしたが、それでも
貴重な本を譲っていただき、感謝しています。

 大量に仕入れた本の中に、梶原武雄著「石の方向」という本が
ありました。プロ棋士が書いた囲碁の本です。チェックしたところ、
書込みやヤケ、汚れがひどく、商品としてはあまり値段の付けられない
状態。でも、読む分には支障はありません。

 私は趣味で囲碁・将棋をたしなみます。将棋はアマ有段者ですが、囲碁は
全くの初心者レベル。なかなか強くなれないですね。実戦経験の不足も
大きな原因かもしれません。

 商品としてはあまり価値のない本でも、私にとっては、いい教材。せっかく
仕入れた本ですし、自分の蔵書に加えしっかり勉強したいと思います。いい
本を手に入れたら、そのまま自分のものにしちゃう。商売にはなりませんが、
これも役得。たまにはいいかナって思っています。

 さて、この本の中で、著者がコラム調で書いている部分に面白い言葉が
ありましたので、紹介したいと思います。

 一つの道に志し、たゆまない努力と向上心さえ持っていれば、いつかは
花咲く春がくるものです。
 もっとも、早いおそいの別はありますが、大器晩成という言葉があるでは
ありませんか。
 おれは大器なんだ、と自信を持つことです。
 だから、晩成でもいいんだ。
 しかし、晩成しないこともあり得ます。
 そのときは、大器未成の新語でいきましょう。どうせ、大器かそうでない
かは、はたから分からないのですから、本人が堅く信ずるよりありません。
 他人に迷惑さえかけなければ、そう信ずるほうがしあわせなのですから。


 どうです? なかなかユーモアある表現だと思います。もう一つ紹介。

 トンネルを出たら、そこは雪国か南国かは知りませんが、たとえ、トンネルに
入っていても、つねに走っているという意識さえあればいいのではないで
しょうか。
 トンネルの長短は、それほど気にしなくてもいいはずです。
 どうせ、修行にトンネルはつきものだからです。


 筆者は、碁のスランプをトンネルにたとえていますが、これはビジネスに
しろ、人間関係にしろ、人生全般に通じる部分もありますよね? なかなか
趣深い言葉だなって思いました。

 私の古本屋も、ただいま売上低迷中。トンネルの中です(^^) たとえ今は
光が見えなくても、……なるほど、確かに走っていることは間違いないです。
ひょんなことから手に入れた一冊ですが、自分にとって印象深い一冊になり
そうです。

 さぁ、今日も元気にトンネルを走ります!www

マタイによる福音書

 開業準備にいそしんでいたら、訪問者が。信者の人が、キリスト教の
布教にやって来ました。その方との話の中で出た言葉。

 自分にして欲しいと思うことはみな、同じように人にもしなければ
なりません。
   (マタイによる福音書7章12節)

 人が喜ぶことをしなさいって言っているわけで、これは商売の鉄則。
いい品を揃える、なるべく安く売る、ちょっとオマケをする……いろんな
パターンがあるでしょうが、消費者に喜んでもらえればその店は繁盛
間違いなし。ただし、サービスが行き過ぎて店の経営が苦しくなれば、
結局は、お客さんの期待に応えられなくなるわけで、それはダメ。喜ばれ、
かつ店の経営も傾かない・・・そんなサービスをするには、それなりの
知恵を働かせないと駄目なようです。

 訪問時には正直、忙しかったですし、私自身あまり信心深いほうでもない
ので、ちょっとイラっとしましたが、でも話の中で出てきたこの言葉は良かった
ですね。クリスチャン以外にも、ためになる部分はあると思ったので、ちょっと
紹介しました。
 どうだろ? ……なかなかこの言葉の教えを実践するのは難しいですね。
 でも時折はこの言葉を思いだし、皆さんに喜んでもらえるお店となるよう、
努力していきたいです。

 ちなみに聖書は、世界一のベストセラーって言われています。店の在庫にも
ありますが、まぁあまり売れることはないでしょうね。だって、あちこちの教会で
無料で配られていますから。でも市場価格とは別に、宗教・宗派を超えて、
人類の貴重な文化遺産である聖書を読んでみる価値はあると思いますよ。

井本全海「人間繁盛の法則」

 先週、滝行を受けたときに、ご住職の著書を買い求めました。私は
なるべく、知人や実際にお会いした方の本は読むようにしています。
「文は人なり」・・・その人の書いた本を読めば、その人の人柄、
内面を知ることができるからです。

 今回、買い求めたのがタイトルの本―「人間繁盛の法則」。「人間
繁盛」とは聞きなれないかもしれませんが、これはご住職の造語。
「生き生きわくわく輝いている魅力的な人間」という意味合いです。
心貧しい「人間貧乏」を脱皮し「人間繁盛」となり、やがて「人間
立派」へと辿りつく……そう説かれています。

 ご住職自身、もともとビジネスの世界で活躍されていた方。商売
繁昌を願う私としては、大いに学ぶことが多いものです。「商売繁昌
には、まず人間繁盛から」・・・そう語られます。

 この本の中で、とりわけ印象に残っている部分があります。少し
紹介いたします。

 よくいわれるのが、近江商人の「三方良し」です。三方とは売り手良し、
買い手良し、世間良しです。
 ……
 しかし、これは論理的に成立しません。
 一つや二つを満足させることはできても、三つを同時に、また継続的に
満足させることは非常に難しいのです。利害関係が相反してしまい、
一時的には可能でも、継続させることは不可能です。
 ……
 会社はこのような矛盾を常に抱えています。この矛盾、相反することを
クリアするのが経営であり、仕事です。そこに改良改善、改革が存在し、
創意工夫が生まれ、成長や面白味、やりがいを感じることができます。


 私の場合は、会社組織ではなく個人店ではありますが、それでもこの
経営哲学は通じる部分があると思います。本を高く売りたいこちら側。
安く買いたいお客さん。「世間」との関係をどう理解するかは難しい
ですが、古本が売れても著者には1円の印税も入りません。そういった
著作者・出版社側の思惑、主張にも配慮して、よりよい本文化を生み出す
こと……そういったことかな? って自分なりに考えています。

 確かに、この三者をすべて満足させることは、難しいことですね。
でもだからといって、自己の利益だけを追求していればいいってこと
ではありません。難しいながらも、この三者の利益を最大限生み出せる
……そんなビジネスモデルこそが、本物だと思います。

 困難だからこそ、挑戦する価値がある……そう語られたご住職の
言葉は力がこもっており、まさに「人間繁盛」の方だと思いました。
 私も精一杯、この世界で頑張って、自分の天命を果たしたいと
思います。
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