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読書と人間の記憶力

 若い頃に比べ、記憶力が落ちました。
 以前は、一度読んだ本の内容は、しっかり覚えていたものです。細かい
データなどは読み飛ばすことがあっても、どの本のどこでそのデータを
見たかって記憶はしっかり残っていました。

 ところが、最近はよく忘れます。読んだ内容もウロ覚えが多いですし、
「あ~、あの記事を読んだのは、どの本だったけな~」ってもどかしく
感じることも多いです。著者の名前を忘れることもありますし、長編
小説ですと最初の頃に出てきた登場人物を忘れたりもします。ひどい
ときには、読んだことすら忘れて同じ本を読み返し、「あれ、何だか
どこかで聞いたことあるような……」ってデジャヴに襲われたりも
します(笑)

 まったく自分でも情けない限りですが、仕方ないです。人間の脳は
忘れるようにできているのですから。
 本を読む人は頭がいいって、世間では思われているようです。頭の
良さっていっても何を基準に捉えるかはさまざまでしょうが、記憶力に
関しては読書習慣の有無とあまり相関関係はないと思います。少なく
とも、私の記憶力は悪いです。

 読む本の量が増えれば、もちろんそれに比例して学ぶ知識も増えます。
年を取ったはといえ、それは私も同じ。でも、それは記憶力とは無関係。
記憶力がゼロでない限り、読む本が増えれば、頭の中に残る知識も
増えて当然なのです。
 問題にすべきは、頭に残らない情報。本を読むことで学ぶ知識が多い
一方、本を読んでも全く記憶に残らない情報も多いのです。これが
問題。記憶力のいい人ってのは、たくさん覚える人じゃなくて、あまり
忘れない人なんじゃないでしょうか?

 本を読んだのに、頭に残らないってのは残酷なものです。読んだ時間が
無駄になるのですから。
 でも、だからといって読まないという選択肢はないですね。一度に
学べる量はわずかでも、それを繰り返せば自分の中で大きな財産になる
はずって信じていますから。

 イメージとしては砂金採り。わずかばかりの砂金でも、何度もそれを
川底から拾い上げることで、大きな財産となっていく……ってところで
しょうか。でも、やはり効率は悪いですね。
 落ちているのが砂金じゃなく、金の延べ棒だったら、それだけ手にする
財産も大きくなります。定評ある名著を読む行為ってのは、延べ棒を手に
する行為なのかも。名著を読みこなすのは難しいってところも、金の
延べ棒に似ているかもしれません。金は重たいですからね。簡単には持ち
運べないんですよ。

 結局、人間は忘れる生き物なのですから、頭の中の財産を増やすには
2つしか方法がありません。数多く、学ぶ(=砂金拾い)か、良質の
本を読む(=延べ棒で一攫千金狙い)か。

 学んだことは絶対に忘れないって3つ目の選択肢があればいいのですが、
残念ながら現代医学をもってしてもそれは不可能のようです。でも、将来、
頭の中の情報をマイクロチップに保存して脳に埋め込むなんて技術が開発
されたら、私は真っ先にその手術を受けますね。

 うん? 待てよ。なるほど、確かにその技術を導入したら「忘れる」って
悩みからは解放されるでしょうが、本を読んで学ぶ必要もなくなるかな。
だって、必要な情報をマイクロチップのデータにインプットすればいいだけ
ですもんね。
 便利な反面、さすがにそれは寂しいなって気もします。
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