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古い法律の本

 古い法律の本を、扱うことがあります。法律は毎年のように
改正されています。数年前のものでも、現行法と変わっていて
使い物にならないなんてことはよくあります。まして、それが
明治・大正のものとなれば、別の国の法律のように思えることも。
こんな本で学べばかえって逆効果で、そういう意味では有害図書
でありさえします。

 ところが、古すぎる法律本は、それなりに面白かったりします。
でも、それは私だけのこと。私は法学部出身。法律に興味あるから
そう思うわけで、一般的には古い法律本はあまり市場価値がない
っていえるでしょうね。

 随分以前の話。明治期の刑法の本を扱ったことがあります。
学生向けの教科書だったのですが、その内容が今と全く異なる
ことに驚いた記憶があります。

 刑法という法律は、犯罪と刑罰について規定した法律。人のものを
盗んじゃいけないとか、人を殺したらいけないってことが書かれて
います。そして、罪を犯した人間に対し、どういう刑罰を与えるか
ってことも書かれています。

 刑法も、明治の時代とは随分変わっています。言葉がかなり平易に
なりましたし、皇族への不敬罪など新憲法の理念にそぐわないものも
規定が削除されました。尊属殺人についての重罰規定も、最高裁で
違憲とされたので、今ではなくなっています。

 随分と条文の変わっている刑法ですが、しかし、その基本的な
枠組は大昔のまま。明治期に作られた刑法典を、時代に合わせて
改正しているにすぎません。ですから、明治の本であっても、
条文の違いをのぞけば刑法の本は、今の学生の勉強に使える……
そう思っていました。

 が、実はそうではありませんでした。少し専門的なお話をします。
今日の刑法学では、「犯罪」というものについて、「構成要件に
該当する違法かつ有責な行為」と定義しています。これは法学部の
学生が刑法の授業の最初に学ぶことで、どの教科書を見ても、
このことが当たり前のように書かれています。

 しかし、明治期のその教科書は違ったのです。そもそも、どういった
ものを「犯罪」と定義すべきか。そのことだけで延々と数十ページを
費やして解説しています。今では誰も疑問に思わない「犯罪」の定義
について、膨大なページを割いているのですよ。

 法律なんて、人間の作ったもの。法律学、法解釈学なんて言っても、
所詮人間の作ったルールをどう読み解くかの問題にすぎません。
新しい発見があるわけでも、技術革新があるわけでもないから、他の
学問分野に比べ、さほど進歩はないだろうと思っていました。

 でも、現代の視点から、大昔の法律の本を読むと、法律学も随分進歩
したんだなって気付きます。
 念のため書き加えておきますが、ここで私が言う「進歩」とは、時代に
合わせて法律が改正される結果、解釈が変わってきたってことではあり
ません。まったく条文の変化はないのに、それを解釈する解釈技術が
向上したってことです。最近では、憲法の条文は変わらないのに、その
解釈を変えてしまおうってことが話題になっていますよね(もっとも、
解釈改憲が「進歩」といえるかどうかは議論のあるところでしょうが)。

 学生時代には感じることのできなかった法律学の進歩。これを感じ
させてくれる大昔の法律本は、面白いと言えば面白いのですが、
やっぱり売るのは難しいですね。自分の好みと、世間の好みとの間に
ズレがある……。古本屋としては、値付けをどうするか頭を悩ませる
本でもあります。
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