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時代考証について

 「考証要集」を紹介したついでに、時代考証ってものについて、個人的見解を
少し。

 歴史小説でも、ドラマでも、リアリティを感じさせ、読者・視聴者を白けさせない
ためには、時代考証って重要だと思います。時代考証とは、その時代にそんな
ものが本当にあったのか、そんな言葉が使われていたのか・・・そういったことを
確認する作業のこと。この考証がいい加減だと、作品全体がいい加減な感じに
なりますので、疎かにはできません。目立つ仕事じゃないかもしれませんが、
縁の下の力持ち・・・そんなイメージでいます。

 でも、考証を厳密にしすぎるのもどうかと思います。「ベルサイユのばら」の
作者・池田理代子さんは、次のように語っておられます。

 ……作品中フランス衛兵のものとして描きました軍服は、実は正しくは近衛兵の
ものであり、資料が間に合わず訂正できなかったことをお詫びいたします。
 また、オスカルが着用した軍服は、19世紀初頭のナポレオン時代のものですが、
美的デザイン的配慮から、あえて使用したものです。
 その他、マリー・アントワネットのオーストリア皇女時代のドイツ語名は、マリア・
アントニアといいますが、低学年読者の混乱を避けるため、はじめから“マリー・
アントワネット”に統一したことをお断りしておかねばなりません。

 色々と考えてらっしゃるんですね。史実とは異なっても、「あえて」そういうふうに
描く。これは決して考証ミスじゃないですよね。プロとしてワンランク上の仕事です。
何が正しいのか知ったうえで、あえて作品の都合上、史実に反することを持込んで
いるだけのことですから。知らないで間違ったことを書くのとはワケが違います。

 このように、何でもかんでも「これが史実だから、それに反することを書いちゃダメ!」
って頑なに思い込むと、かえっていい作品はできなくなると思うんです。実際、事実は
小説より奇なり。本来、ありえないはずのものが、あり得ない場所から出土して
考古学者の頭を悩ませる(「オーパーツ」っていいます)ってことがあるのですから、
あまり歴史事実を重要視しすぎるのも考え物です。

 それと、もう一つ。簡単に「史実」っていいますが、実は、何が正しいのかってことが、
簡単には分からない場合もあります。史料として残っていない事項も数多いですし、
そもそも客観的であるはずの「事実」だって、立場によって認識が異なるってことがよく
あります。

 たとえば、戦時中のドラマを描くとして、従軍慰安婦を描いた場合。朝鮮の人から
すれば、史実にのっとった正しい表現ってなるでしょうが、日本の政治家の中には
「アレはでっちあげ」と考える人もいます。南京大虐殺も、よく似た構図ですね。
 そこまで昔でなくとも、「天安門事件」。これも日中で受け止め方が大きく異なる
事件じゃないでしょうか? もっとも、これをリアルに描いた小説を出版したら、
おそらく中国では発禁処分でしょうが(笑)

 これほどまでに、人間はイデオロギーによって、事実を正しく認識できなくなるもの。
いや、政治思想が事実を捻じ曲げる力を持っているのかもしれません。時代考証の
際には、こういった点にも配慮が必要でしょうね。受け手としては、その作品が
どういった立場から描かれたものであるかをしっかり把握して受け止めないと、
とんでもない事実誤認につながるおそれもあります。

 時代考証は大事。だけど、歴史的事実を正しく知ることは難しい。そういうお話
でした。
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