スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

青山二郎「骨董鑑定眼」

 何年か前、京都のお宅へ買取にうかがったときのこと。大量に処分された
蔵書の中に、この本がありました。

 青山二郎「骨董鑑定眼」(ランティエ叢書)

 コンパクトなサイズの本ですが、ハードカバーの装丁で、帯もついています。
しかも、その帯のデザインがユーモラスで興味を引くものになっています。

 惜しむらくは、本の状態が悪いこと。書き込みやヤケはありませんが、あまりに
汚れがひどいので、商品として売り出すには難のある本でした。とはいえ、
読むには問題なし。というわけで、この本は仕入れたのち、私の蔵書の一冊と
なりました。

 著者は、青山二郎。美術品の目利きで、天才的な才能を発揮した方です。
この本では、筆者の鑑定に関するエピソードを紹介してはいますが、あくまで
一般向け。抽象的に感じる部分もありますが、さほど技術的に細かい部分を
解説しているわけではありませんので、「ふ~ん、そういうものか」って感じで、
骨董の初心者でも楽しめるはずです。

 語り口調も独特でいいですね。ピカソや魯山人といったビッグネームにも、
ズバリと厳しい指摘をしています。歯に衣着せぬ口調は、すがすかしくも
あります。
 ただ、そういったビッグネームを単に非難するだけでなく、その才能、業績に
対する評価は、それはそれでキッチリされています。要するに、芸術家個人の
批評と、作品の批評をキッチリ峻別されていて、それは極力先入観を排除して
作品そのものと向き合ったってことなんでしょうね。

 この本に収録されている語録から、いくつか紹介。

 一般に古いほど良く、美しさが増すということは事実で、誰が見てもそれに
違いないのだが、それだからと言って新しいものへの要求も一方では盛ん
なのは、考えて見る興味がある。美術品と芸術との明瞭な違い方を注意
すべきである。

 本の世界でも同じことが言えそうです。古書の値段は、古いものほど高く
なる傾向があります。しかし一方で、新しい本、流行の本も高値で取引される
ってことがあります。
 もっとも、本の場合は「古い」とはいっても、その本そのものが昔に印刷
されたって場合だけを指すわけではありません。何度も再版されている
本。古典と言われる本。こういうのも「古い」部類には入るでしょうね。

 しかし、「古い」からといって悪いわけではありません。いい本というのは、
世代を超えて伝わっていくものですし、時には世界中で読まれるってことも
あります。
 美術品と芸術の違いっていうのは私にはわかりませんが、本の場合、
単に売れるってだけの本と、人類の文化遺産として後世に語り継ぐべき
本ってのは明瞭な差があります。商売ですから「売れる本」を扱うのは
大事。でも本当は、人類の文化を発展させる名著を扱ってこそ古本屋の
社会的責務は果たされるって思っています。

 骨董の最も厭(いや)らしいことは
 直(す)ぐに値ぶみすることだ


 これは多くの古本屋にとっても、耳が痛い言葉のはず。ある本を見たとき、
「いくらで買取るか?」「いくらで売っているか?」って、ついつい考えて
しまうのは職業病(笑) でも、本の価値ってのは取引価格とは無関係
ですよね? プロの古本屋ならば、世間の評価や取引相場とは無関係に、
いい本はいい! って胸を張ってお客様に勧められるようになりたいものです。

 「骨董鑑定眼」・・・おそらく今は絶版になっていると思いますが、それほど
珍しい本でもないですし、古書価もそんなに高くはありません。興味ある方は、
ネットで探すなどして読んでみてください。
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。