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ヘイトスピーチ

 おはようございます、ロビンです。

 いやぁ~、昨日の会談はすごかったですね。大阪市の橋下市長と在特会の
桜井会長の会談。っていうか、会談になっていませんでしたけどね。ただの
口喧嘩(笑)

 でも昨日のバトルを強いて判定するなら、橋下市長の負けですね。少なくとも
相手の桜井氏は、それなりに討論の体裁は保っていましたから。語気は荒く、
言葉も挑発的なものでしたので、公の場での品性という点では問題があると
思いますが。一方、橋下市長は、もう相手の言い分を聞く耳なし。ただひたすら、
相手を罵倒して終わり。な~んの議論にもなっていません。

 橋下市長は、府庁の移転とか大阪都構想とか、自分が掲げた目標を実現する
ため、どんな困難をも乗り越える信念ある政治家。でも、自分と異なる意見を
受け入れる度量という点では、あまりにも狭量。朝日新聞のことを「バカ新聞」と
呼んでみたり、独裁政治を礼賛したり……。

 マスコミを通じて流れる市長の発言と、在特会の行うヘイトスピーチとの間に
本質的な差異はありません。

 嫌いなモンは、嫌い!

 ・・・こういう極めて素朴な感情があるだけです。

 自分もヘイトスピーチを行っておきながら、他の人間が行うヘイトスピーチは
規制しようっていうんですから、こりゃワガママだ。でも、まぁそんな人を知事や
市長に選んでいるんですから、大阪人って案外、いい加減なものです。

 ヘイトスピーチの規制・・・賛否両論あることと思いますが、私は反対です。
もちろん過激な思想、過激な発言が高じて、過激な行動に転じた場合はダメ。
暴力行為、脅迫行為がいけないのは当然のことです。

 でも、単に特定の国や民族を忌み嫌う発言をしているってだけでは、それも
また表現の自由で保護されるべきです。品位が疑われるとか、恥ずかしいとか、
そんなことは発言者自身のモラルで考えるべきこと。周囲がとやかくいう問題
ではありません。

 よく言われることですが、表現の自由に対する規制は抑制的でなきゃいけません。
よほどのことがない限り、規制しちゃ駄目ってこと。

 たとえば財産権を規制する法律を作った場合、「あ、やっぱりまずかったな」って
なったら、民主制の過程で回復が可能。そんな悪法を作った国会議員を選挙で
落選させ、法律を廃止するって道があるのです。

 でも、表現の自由が侵害された場合には、そういう道そのものがなくなる危険が
あります。選挙活動を通じて、あるいは国会論戦を通じて、そのような規制の
不合理さを訴えようにも、そのような訴えそのものが黙殺される可能性がある
からです。

 自分と異なる意見。変わった意見。そんな人たちの意見にも耳を傾けてこそ、
民主政治は意味を持ちます。単に多数決で物事を決めるってことに、民主政の
本質があるのではありません。多数派が正義と言うならば、そもそも選挙で
勝った政党に全権を委任すればいいだけのことで、国会論戦などやる必要
がなくなります。

 というわけで、たとえ汚らしい民族差別発言であっても、やはりそれもまた
きちんと保障してこそ、本当の民主国家といえましょう。ヘイトスピーチが
いいか悪いかと、ヘイトスピーチを規制していいかどうかってのは、別の問題
なんです。
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